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このページを訪れてくださり、活動に多くの賛同の声をいただき、本当にありがとうございます。そのなかで、『抵抗のためのレシピ』を見てくださった編集者の方との出会いに恵まれ、インタビューを通じてもう少し私の活動を伝えるとより多くの人に届けることができるのではないかという助言をいただきました。私の言葉に耳を傾けてもらったこのインタビューを読んでいただけたら、これまでの経緯と思いを知ってもらえると思います。お時間があるときに読んでいただけるとうれしいです。

 

宍倉慈インタビュー

パレスチナの人々を支援するファーストアクションに『抵抗のためのレシピ』を

 

料理家・宍倉慈さんは、パレスチナのガザ地区で避難生活を続けるAlia Milad(アリア・ミラド)さんとSNSのDMを通じて出会ったという。宍倉さんがより多くの人にガザの現状を知ってもらいたいと、アリアさんの協力のもと制作したのが『抵抗のためのレシピ』という本だ。マクルーバやキッベなどパレスチナ伝統料理のレシピ5種。その合間には、アリアさんと交わした言葉や写真が挿入され、一人の女性の視点によるガザでの暮らしや思いが伝わってくる。宍倉さんがレシピ本をつくるにあたって考えていたこと、そして今、私たちができることを聞いた。

差し迫る恐怖におびえながら避難生活を送るパレスチナの人々に、何かできないか、でも何をしたらいいかわからない。そう思っている人に、きっと届くはずだ。

 

「料理」が大きな力に繋がる

宍倉さんが『抵抗のためのレシピ』をつくろうと考えた経緯を教えてください。
2023年10月にイスラエルによる大規模なパレスチナ侵略が始まったことに大きな衝撃を受けたのですが、情報を追っていくうちにもパレスチナの情勢はどんどん悪化していきました。今この事態を許してしまったら、自分の子どもが大きくなったときの世界はどうなってしまうのかと不安は募るばかり、何かしないと、と焦る思いに駆られました。最初の数カ月は何をしたらいいのかもわからず、ニュース記事やSNSの投稿を見て、シェアしてみたりフォローしてみたり、ずっと悶々としていたんです。

SNSを通じて発信は続けていたものの、そのなかで分断が生まれてしまう危機感を持つようになりました。パレスチナの支援をするために既に行動に移している人がいる一方で、思いは持っていても実際にアクションできていないと、「あなたは何もやってないからダメ」と言われるのではないかと不安を抱いたり、責められているような気持ちになる人も多いのではないかと感じました。両者の隙間を埋めていかなければ、大きな力となって抵抗することはできません。そのためには、ジャンルの枠を超えて横断的に様々な人に響くものがいい。なおかつ自然に手に取ることができる身近なツールを使って、パレスチナの状況を把握できるものが何かつくれないか。私たちにとって日々の生活と切っても切れない「料理」をテーマにしたら、いろいろな人に繋がるのではないかというアイデアが浮かびました。

さらに、微々たるものかもしれないけれど、ガザの人に仕事を生み出すことができたら自尊心の向上にも繋がるし、生きがいを見つけられるかもしれないと。そのような思いを組み合わせてできたのが、このレシピ本です。

領域を横断して多くの人が身近に感じられるツールが「料理」だと考えたのですね。『抵抗のためのレシピ』は、ガザ地区で避難を続けている一人の女性、Alia(アリア)さんによるパレスチナ料理のレシピをもとに編まれた本です。アリアさんとはどのように知り合ったのですか?

アリアさんとインスタでやり取りが始まったのは2024年の春、3月、4月あたりです。パレスチナに関するニュースなどの投稿をシェアしていると、たくさんのパレスチナの方にフォローされるんです。全員とやり取りすることはとても難しいのですが、その一人がアリアさんでした。

 

日々、パレスチナの人々から多くのメッセージが送られてくるなか、アリアさんと交流を深めることになったのは?
彼女は3児の母で、ガザ侵攻が始まってから生まれた0歳と、3歳と4歳の子がいます。いちばん上の子が私の子と同じ年齢くらいで、体の大きさも似ていて、見ていられないほど胸が苦しくなりました。やり取りが続いたのは、とても単純なことですが、アリアさんとは話がしやすかったということ。正直に言うと、多くの人とやり取りしていると、心が通う人もいればそうではない人もいます。「お金を送ってほしい」と、ただ畳み掛けるようにメッセージを送ってくる人もたくさんいます。この状況では仕方のないことですが、それだけだと私もどうしていいかわからず、次の行動に移すことが出来ませんでした。アリアさんはいつも「メグミの子どもは元気?」とこちらのことも気にかけてくれて、今何に困っていてどんな状況なのかを的確に伝えてくれる人だという印象を持っていました。

 

レシピ本の話をしたとき、アリアさんはどう受け止めていましたか?

お子さんもいらっしゃるし料理をされるだろうなと思ったことや、率直にアリアさんに聞きやすいということもあってレシピ本のアイデアを話してみると、すごく喜んでくれました。彼女が洋服などを小売りする仕事をしていたことは知っていたのですが、以前に料理の仕事をしていたこともあると聞いて、その偶然にも驚きました。本当は、困っている人はたくさんいるのでオムニバス形式にすることも考えていたのですが、このような状況下でのやり取りは時間がかかることもあってすごく難しい。今まさに何が起きるかわからない、とにかく急がなければならない――そう思い、アリアさんと一緒につくることにしました。

 

パレスチナとガザ地区のこと

ガザでは、隣でいつ爆撃が起きるかわからない状況だと思います。アリアさんの避難テントはどのあたりにあるのでしょうか。

アリアさんの出身はガザ北部なのですが、そのエリアは壊滅的で、家も全部破壊されています。行ったとしても何もない。どこも酷い状況ですが、現在は、比較的被害が少ないという中心部に避難しています。自宅に戻ることはまったくできていないし、検問もあってまず人の移動は難しいそうです。

 

アリアさんとやり取りするなかでの言葉を選ぶ難しさを想像します。コミュニケーションをとるうえで心がけていることはありますか?

とにかく無事を祈っているとしか言えない状況ですから、せめて傷つけたり怒らせたりしないようにしたい。それでも自分がよかれと思って伝えた言葉が傷つけてしまうこともあるし、お互いに母国語ではない英語でのやり取りにはミスコミュニケーションも生じるもの。ですから、そのときは謝って和解するしかありません。以前、いちばん下のお子さんに初めて歯が生えたと写真を送ってくれたことがあって、「おめでとう」って伝えたんです。でもアリアさんは全然めでたいことじゃないって。上の2人に歯が生えたときは、家族みんなで集まってプレゼントでお祝いしたけれど、今は何もできないと。普通の感覚で発してしまった自分の言葉が彼女を傷つけてしまったかもしれないと思いました。

レシピ本をつくる段階でも、写真やテキストを送ってほしいとひとつ伝えるにしてもすごく気を遣いました。アリアさんは本当に限られた隙間にレシピを書いてくれたのだと思います。

 

パレスチナとイスラエルの問題について、ご自身で調べたり学んだりされていると思います。理解を深めるためにおすすめしたい本などはありますか?

岡真理さんの『ガザとは何か -パレスチナを知るための緊急講義-』(大和書房)は、ガザとは何かということがとてもわかりやすく書かれていて、最初の一冊としておすすめしたいです。私はこの本から広がって、何冊か読んで、あとは活動家の方に信頼できると教えてもらった情報を追ったり、現地にいるジャーナリストの方などのインスタをフォローしたり。日本の報道では圧倒的に情報が少ないうえに、それが間違っていることもあるかもしれないので、どれを信じるのか決断するのはすごく難しいとも感じています。

 

不安と恐れから、最初のアクションとして

『抵抗のためのレシピ』が完成して、心境の変化やあらためて感じていることはありますか?

行動に移したと言えるほどとは今も思っていないのですが、レシピ本をつくる前は、やはり無力感に苛まれるというか、自分が何かをしてもあまりにも微力で意味がないんじゃないかと思っていました。また、孤独も感じていました。友人と会って話しても、私はパレスチナの話題をどうしても避けては通れなくて、楽しい話だけで終わることが難しかった。だから、少し疎遠になってしまうことも起きてしまって。でも、レシピ本という目に見える形にして支援しやすいものをつくったことで、話を避けていた友人も購入してくれて本をきっかけに話すこともできました。購入してくれた人がSNSなどでそれぞれ自分なりのアクションを取ってくださるのを見て、ひとりじゃない、小さくても無力ではないと感じることができたのは、私にとってすごく大きなことです。

関心は持っているけれど何をしたらいいのかわからないと感じている人は多いと思います。何よりファーストアクションがすごく大変だと思うんです。SNSに投稿ひとつするのも、きっとすごく怖いことだから。急に何か政治的なことを言い出したと思われるんじゃないかとか、間違っていると批判されるかもしれないとか考えてしまいますよね。そういう意味でも『抵抗のためのレシピ』はレシピ本でもあるので、そこまで強い反対表明というわけではないスタンスでSNSに投稿することができるのかもしれません。

 

アリアさんからはどんな反応がありましたか?

この戦禍のなか絶望の淵にいるアリアさんは、子どもがいるからかろうじて生命力を保っているのだと感じます。『抵抗のためのレシピ』をきっかけにたくさんの方がSNSでアリアさんをメンションして、「本を見たよ」「料理をつくったよ」とコメントしてくれて、彼女はすごく喜んでいました。力になっている、と。

 

『抵抗のためのレシピ』の序文で、宍倉さんは「レシピを読み物とし想像を膨らませていただくのも良いのではないか」と書かれているように、材料や手順、写真を眺めていると、人が手で混ぜている動きや音のある風景が見えてくるようです。レシピの合間に、アリアさんとやり取りしたテキストが挟み込まれている効果も大きいですね。テキストはどんな視点で選びましたか?
パレスチナ問題について知るときに、これが初めて読む本になる方もいると想定して、ひとつの家族の一人の目を通して、起きたことをなるべく身近に感じてほしいと思いました。例えば、水の話やガス代のことなど、自分ごとに捉えられるような内容を意識して選んでいます。また、アリアさんという一人の個人から大きな世界を見ていくというのは、アートや映画の手法に似ているものがあると感じています。私はクリエイティブな分野にはできることが無限にあると信じているので、アーティストやクリエイターの方々にも届くとうれしいです。

実際に宍倉さん自身が料理をつくって感じたことや、パレスチナ料理の特徴はありますか?

特徴としては、オリーブやオリーブオイルをよく使うこと、中東ではよく使われるスマックという漆科の植物のスパイスをはじめ香辛料をたくさん使用すること。それと、パレスチナの人は小麦粉を使って料理するのがすごく得意なんだなと思います。私もパレスチナの料理の知識はまったくなかったのですが、調べてみると、中東の料理文化は国ごとに明確に分かれているというよりも、混ざり合っていることを感じます。例えば、『抵抗のためのレシピ』には「マクルーバ」という料理がありますが、もしかしたらこれは違う国の料理だという声があるかもしれません。

SNSを少し見ただけでも、助けを求めているガザの方々の言葉が目に飛び込んできます。何かしたいけれど、やはり不安や怖さを感じている人にとってどのようにSNSを活用するのがよいでしょう。宍倉さんのこれまでの経験を通じて伝えたいことはありますか?

私も一時期はすごく悩みましたが、本当に心苦しいけれど全員に同じ熱量で返すことは不可能なので、今は割り切っています。自分のなかでルールを決めて自分を保つことが本当に大事。自分がしんどくなりすぎてしまったり、日常生活が回らなくなるほどになっては続きません。また、ひとりで孤独を感じるのも辛いことです。そういう意味でも仲間が増えることがいちばんの心のケアになると思います。そのためには、パレスチナの人々の声に応える人を増やすことも大切だと感じます。

一方で、世界には無数の問題があって、日本だけでも貧困をはじめとする問題がたくさんあります。それを見過ごすのかと当然言われることもありますし、自分自身にとっても大きなジレンマであることは事実。しかしながら、一人の人間ができることは、残念ですがそんなに大きくはないとも思います。だからこそ何かの機会でつながった個々の運命的な出会いを大事にしたいと思っています。『抵抗のためのレシピ』の序文では、私が持っていた戸惑いや、どのように始めていったのかを書いたので、ぜひ読んでいただけたらうれしいです。

(聞き手・中村志保)